So-net無料ブログ作成
検索選択

【訃報】野坂昭如さん死去 直木賞作家 「火垂るの墓」 [芸能]

20130206_hamasakiayumi_57.jpg
http://laughy.jp/1410698721760110722より引用

「火垂るの墓」の作者として知られる直木賞作家で、タレントとしても
活躍した野坂昭如さんが、12月9日、心不全のため東京都内の病院で
死去したそうです。

85歳でした。

野坂さんは2003年に脳梗塞で倒れ、病と闘いながら作家活動を
続けてきましたが、帰らぬ人となってしまいました。



野坂昭如さん生涯は壮絶なものでした。


●作家になる前の経歴


1930年、神奈川鎌倉市生まれ。

生後間もなく母親が死亡したことにより神戸に養子に出され、その養父を
1945年の空襲で失いました。

旧制新潟高校をへて、早大仏文科を中退。

早大在学中に、CMソングの作詞やコント作家、テレビの台本など、実に
色々なアルバイトをしていたそうです。

おそらく、その経験が、作家「野坂昭如」の基を築いたのでしょう。


●作家活動


1963年、「小説中央公論」に連載した「エロ事師たち」という小説が
当時の人気作家である三島由紀夫吉行淳之介に絶賛されました。

その後、終戦直後に栄養失調で亡くなった義妹をモデルとして書いた
「火垂るの墓」と、敗戦後の日米親善という時代を生きる男の米国に対する
屈折した心理を描いたアメリカひじき」の2作で1968年、直木賞を
受賞しました。

「火垂るの墓」は、ジブリによりアニメ化されたのでご存知の方も多い
でしょう。

97年に「同心円」で吉川英治文学賞、02年に「文壇」と、それまでの
業績により、泉鏡花文学賞を受賞。

ほかの著作として「とむらい師たち」「死の器」「一九四五・夏・神戸」など
多数あります。

戦争を忘れてはいけないという思いから、「戦争童話集」の作成に取り組んで
いました。


●多彩な活躍


また自らを「焼跡闇市派」と称し、戦後の異色作家として八面六臂の活躍を
しました。

執筆のかたわら、歌手デビュー、映画への出演やキックボクシングに挑戦する
など、実に様々な活動で話題を呼びました。

1972、雑誌「面白半分」の編集長だった時、永井荷風作とされる
四畳半襖の下張」を同誌に掲載すると、1973年2月、わいせつ文書
販売の罪で起訴され、1980年に有罪が確定されました。

作家の枠にとらわれない多才ぶりを発揮し、童謡「おもちゃのチャチャチャ」
の作者で1963年には日本レコード大賞作詞賞を受賞。

「マリリン・モンロー・ノー・リターン」など歌手としても活動しました。

テレビのCMや討論番組などでもおなじみでしたね。


●政治家としても


1983年の参院選に当選しましたが、「金権政治にけじめをつける」として
なんと辞職。

同年12月の衆院選で、田中角栄元首相の新潟三区から出馬し、次点で落選
しましたが、当時、注目を集めました。


●まとめ


本当に型破りで面白い作家でした。

また一人、昭和を駆け抜けた有名人がこの世を去り、寂しくなりますね。

ご冥福をお祈り致します。


スポンサーリンク






nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:芸能

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。